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2015年7月31日 (金)

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21世紀構想懇談会報告書を読んで
~悔しい思いが念となる夏~

はじめに:70年談話は出発点に問題あり
 安倍首相が戦後70年談話を発表するのは、従前における戦後の自虐史観・日本断罪史観を少しでも挽回しようとの意図があるものと思った。しかし、村山・小泉談話を継承すると述べたことから既に出発点がおかしくなり、将来に禍根を残すことになるであろうと予測された。たとえ未来志向型の談話であっても、「過去の反省とお詫びが入らなければ、継承したことにならない」と糾弾されることは目に見えている。また、どんな反省とお詫びの文言を入れたところで、必ずや「反省とお詫びの態度が足りない」と攻撃の材料を敵に与えることになる。そんなくだらないことには、言及すべきでなかった。

○ 懇談会メンバーたちの言動に見る責任(国事)意識の低さ
 懇談会のメンバー16名の年齢は不明であるが、多くは戦後生まれなのであろう。案の定、全くといってよいほど当事者意識に欠けた報告書であり、わざわざ時間をかけて議論し発表するようなレベルの内容ではない。しかも、戦勝国は善、敗戦国日本は悪(侵略・植民地)を前提とした内容に終始している。そこには、先達の苦悩を知ろうともしない態度がみえる。情けない。日本人でないメンバーや工作員も入り込んでいるのであろう。彼らに多大な報酬を与えて、祖国がますます不利益を蒙ることになる。
 懇談会メンバーの一人宮家邦彦(元外交官)が、8月9日放送の読売TVの番組に出演していたが、何と彼は「報告書は有識者による参考意見をまとめたものであり、談話は総理の政治判断による」と発言。無責任極まるもので、報告書の内容に責任はないと言わんばかりだ。彼らにとって、戦後70年談話は他人事なのである。学者は自説を立てるのにエネルギーをかけ、評論家はその発言に責任をもたない。良心を忘れた憐れな存在である。

○ その近代史認識に見る知見の浅さ
「無謀な戦争でアジアを中心とする諸国に多くの被害を与えた。特に中国では広範な地域で多数の犠牲者を出すことになった」(報告書4頁、下線部は筆者)とは、表現もおかしい。当時のアジアには、諸国も存在しなければ中国という国もなかった。多数の犠牲者は日本側のほうであった。また、アジア地域を植民地化して現地人を苦しめていたのは欧米白人の列強であり、日本ではない。日本が彼らを駆逐したから、戦後の独立に繋がった。理想からいえば、駆逐した後に日本は現地から一旦引き揚げれば良かった。
しかし、現実にはできなかった。日本が引き揚げたら元の宗主国が再び戻って来る。同様に日本が朝鮮から手を引いたら、必ずソ連か共産軍がやって来る。はたして、戦後そのとおりになった。朝鮮半島はアメリカを手こずらせたが、東南アジア・印度は旧日本軍の協力もあって、諸国は独立を勝ち取った。
 日韓併合は条約に基づいたものであるから侵略ではないし、日本側から莫大な予算を持ち出して朝鮮の近代化を図ったものであるから植民地ではない。支那事変は日本が宣戦布告して始めた戦争ではなく、敵の攻撃に対して止むを得ず応戦したことが発端であった。当時の支那大陸は蒋介石の率いる国民党政権による中華民国だけではなく、各地に軍閥が割拠し、毛沢東率いる共産党も暗躍していた。また、後に汪兆銘の国民政府も樹立されるという複雑な事情があった。
日本が直接戦ったのは国民党軍であるから、現在の中国共産党からとやかく言われる筋合いはない。現に、昭和39年に社会党委員長の佐々木更三が訪中した際に、毛沢東は「日本が謝ることはない。皇軍のおかげで我々は国共内戦に勝利した」という意味の言葉を述べたという。満洲国は、五族協和・王道楽土の理想を掲げて建設された国であり、複雑な事情があったことは、リットン調査団も認めている。つまり真実として、日本は侵略もしていないし、欧米白人が行なったような植民地政策を布いたことも図ったこともないのである。

○ 連合国対日占領軍司令官マッカーサー元帥更迭後の発言
決定的なことは、マッカーサーが罷免(1951年4月11日)されて帰国直後(同月19日)に、米国上下院の軍事外交合同委員会において、「日本が戦争に突入したのは、主として安全保障のために余儀なくされたことであった」(大略)と証言したことである。敵の大将が歴史認識を修正したのである。
 侵略・植民地だけではなく、南京大虐殺、従軍慰安婦もすべてが確たる証拠なき捏造話である。そもそも南京大虐殺が本当にあったのなら、蒋介石や中華民国から派遣された判事は極東国際軍事裁判で騒ぎ、一歩も引かなかっただろう。事実認定では判事の見解は割れている。また、大虐殺が事実ならば、後日に国連に提訴していたはずだが、していない。毛沢東も周恩来も言っていない。

○ 最近の造語・従軍慰安婦にも見られる偽情報の問題
 従軍慰安婦なる者は存在しない。現地には慰安所があったが、日本が強制連行した証拠はなかった。昭和40年の日韓基本条約締結に際しては話題にもならなかった。吉田某のような詐話師が登場し、反日を社是とする朝日新聞社などが検証もせずに報道したことにより、突如持ち上がったのが慰安婦問題である。だが、誤報であることが判明したので、戦後70年に及ぶ未解決問題ではない。このように、事実に基づかない嘘話を後にでっち上げるのが中韓の常套手段なのだ。歴史認識と称して、過去の事実をいくらでも変更してくるので、いちいち真に受けてはならぬ。
 歴史認識の問題は、かつて細川内閣が戦後50年の謝罪決議を言い出したことに始まる。筆者は史上最悪の内閣だと思ったが、その後の村山談話・小泉談話でも、過去の侵略・植民地に対するお詫びと反省を繰り返すことになった。日本が全てに悪かったことにすれば己の罪を隠蔽したい米中韓には都合がよく、戦後70年にしてますます過去を引きずらせようとの作戦を取り続けるだろう。

○ 偽情報に対処できた3度の機会を活かさなかった日本政府
 筆者が思った最近における「千載一遇のチャンス」は3度あった。

① 平成13年、北朝鮮総書記の長男・金正男が不法密入国した際、拉致問題解決の取引に使えたはずだが、小泉内閣は鄭重なる扱いで本国に帰還させてしまった。見識の全く無かった外相田中真紀子の失策である。
② 平成14年、ブッシュ大統領が訪日に際して靖国神社参拝を申し出たとき、参拝させれば中韓の政治問題視をかわせたはずだが、外務官僚の指嗾によるらしい小泉内閣が断わったために、二度と靖国問題の解決ができなくなった。ブッシュは、代わりに明治神宮参拝となった。しかも小泉は、政教分離を建前にして、ブッシュに同行せず、神社の前で車中に待つ醜態を演じていた。この非礼ぶり。
③ 平成27年8月の戦後70年談話に、一つの参考事例として「マッカーサーの証言」を盛り込めば、世界から大きな注目が集まり、日本の侵略・植民地の汚名を雪ぐ方向に転換できたはずだった。(敢えて過去形で書いた。)
あるいは、懇談会の報告書に盛り込んでもよかったのであるが、その戦略性に神経の及ぶメンバーもいなければ、懇談会に関わる官邸のスタッフにも智慧がなかった。

○ 昭和天皇の大御心(御軫念)を拝察する
 最近安倍内閣の支持率が大きく落ちてきた。安保関連法案を戦争法案だと攻撃する野党やマスコミの術中に国民が嵌ったからだ。占領中に枠組みのできた戦後教育を受けた日本国民の民度は低い。また、戦勝国や中韓を刺激しないよう八方美人作戦をとり、命懸けで国難に当たった英霊や先達の艱難辛苦を無視するからである。首相は今年も靖国参拝しないだろう。幽冥に鎮まる英霊・先達からの手助けがなければ、この政権も長くは続かないだろう。
事の真相は定かでないが、終戦に当たり米内光政が昭和天皇に「祖国が復興するのに50年かかるでしょう」と申し上げたところ、昭和天皇は「いや、300年かかる」と仰せになったとのこと(※)。陛下と米内には雲泥のレベル差があった。米内は高々経済復興を思い描いたのであろうが、陛下は祖国を子孫に伝えていくに当たり、歴史の断絶を復活させるのに300年かかると仰せになったものと推察申し上げる。            

平成27年8月11日
大阪府和泉市光明台一丁目11番2号  阿部好孝 

※「明日への選択(平成27年6月号)」(日本政策研究センター)の中に掲載された『知られざる緒方竹虎の「改憲への思い」』で、関係部分を以下に引用しておく。

 講演(注:緒方竹虎が,母校,福岡の修猷館高校創立七十周年に当たり,後輩たちに憲法改正への思いを語った講演録)はまず終戦直後,米内光政が昭和天皇に拝謁した際の話から始まる。米内が敗戦を詫び,復興というものには恐らく五十年はかかると思われるが,「何とも申し訳ないことであり,何卒御諒承をお願い致します」と言上したのに対し,昭和天皇は何と以下のように仰せられたというのである。
「五十年で日本再建ということは私は困難であると思う。恐らく三百年はかかるであろう」
 そのお言葉に,恐懼の余り米内は暫く頭を上げることができなかった,と緒方は紹介しつつ,日本再建という仕事はかくまで容易ならざるものである,とまず指摘するのである。その上で,自分はこの仕事に残生を打ち込む心算であるけれども,その完成ははなはだ覚束ない。ゆえに諸君のような若い人にこの志を継いでもらい,やり遂げてもらう他ない。実は自分はそのことをお願いしたくてここに参ったのだ,と述べるのだ。
「日本の独立の気魄というものを取り返して,本当に日本を再建してゆくのには皆様のような若い人たちが自分から国民独立の中心となって,独立気魄の中心となって日本を盛り上げてゆくということ以外にないのであります。そういう点から私は深く将来の皆様に期待致したいのであります」
(以下略)

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