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2013年6月13日 (木)

座田維貞は美濃出身か?

Kasiwara_img_2192 みやこどりさん今晩は。ご返事が遅れて失礼しました。
お尋ねの件はよく分かりません。座田という名字は珍しい(私の地方では)ので、あるいは関係者かも知れませんね。ただ座田氏本家は関東に、分家は中国地方に在住と聞いていますので、直系のご子孫ということはなさそうです。
さて、座田維貞の母親が「美濃国大野郡五ノ里村樫原杢左衛門の女」というのを頼りに、6月3日にその地を訪れて確認をしました。結論は残念ながら不明でした。確かに現在の地名「揖斐郡大野町五之里」の村落があり、樫原家が最近まで2軒あることまでわかりました。最近までというのは平成18年ころに本家が廃絶し、分家1軒のみになっていました。不思議なご縁でその樫原家は私の友人のご親戚でした!したがってその友人を通じて樫原家のご当主にお墓や師承寺を案内してもらい、さらに直系の人しか申請できない戸籍謄本を役場で申請してもらって江戸時代末期からの樫原家の後をたどることができました。一番古い人で嘉永3年生まれの人とそのお父さんの名前が確認できましたが、お父さんは治郎左衛門と近い名前ですが、同一の方はありませんでした。なんでもご当主の方が聞いてみえるのは昔は何軒かあったが、明治の初めに北海道開拓に何家族かが出られて、残ったのが2軒だそうで、ひょっとしたらその一族が杢左衛門の家かもしれません。ということで、廃絶した樫原家の方がご存命のうちに聞けば、あるいはもっと情報を得られたかと思うと、7年ばかりの差で、歴史は忘却のかなたに消えるのかなと感慨深く思いました。
ただその後、若井教授より新たな情報が入り、杢左衛門は「安茂」という名であることが分かりました。過去帳には法名と併せて俗名が載せてあると思われますので、あるいは師承寺の過去帳を確認できれば、出るかもしれません。一応、和尚さんにはお願いがしてあり、僅かながら希望はつながっています。(まだご返事がないと言うことは、期待薄かな?)H
※写真は樫原家本家跡にある石碑で、廃家になったこと、土地は町に寄附をして御子孫は外に出て見えることが分かります。

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コメント

お母さんの生家まで調べに言ってくださり ありがとうございます ほんまにほおっておいたら身内の歴史でも消えてしまいますね

週刊新潮も週刊ポストも酷いですね。 所先生もっと厳しく批判し続けて下さい。

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